「 一 宮 」 は 全 国 の 9 6 社 も(真清田神社宮司 飯田清春さん)
明治維新の前の愛知県は、尾張・三河の国の二州であった。岐阜県は美濃と飛騨の国、三重県は伊勢、志摩、伊賀の国、長野県は信濃の国、静岡県は遠江、駿河、伊豆の国とに分かれていた。荘園制度が確立してきた平安時代末期の12世紀に任命された国守(現在の知事?)は、中央より任国に赴くと、最初にその地域住民が最も崇敬を寄せている神社へ参拝した。
最初の神社を一宮と称し、次が二宮、三宮と称せられた。800年以上の歴史が経過すると、栄枯盛衰があり、一宮が別の一宮にその地位を明け渡さざるを得なくなったことも。一宮が三社もある越中の国の例がそうだ。全国の一宮の宮司で作る「全国一の宮の会」の調査では、一宮の神社は全国で96社。愛知県一宮市は1921年に市制を施行。
尾張一宮真清田神社に伝承されてきた、鉄鏡の円筒に五鈴鏡(れいきょう)をモチーフにしている。情報産業、輸送機関の目覚しい発達で、世界規模での交流が盛んな現在、グローバル化がいかに進展しても、自分の生まれ育った故郷と、自国に対し、素直に誇りを持てなければ、結果的には街の活性化も、国の繁栄も、世界平和への貢献も出来るとは思えない。 (2002年6月・中日新聞・尾張版)
|Posted 2006.8.5|