一 身 独 立 (中部電力社長 川口文夫氏の福澤諭吉協会への寄稿文より)
私が福澤諭吉に心酔。傾倒するようになったのは、今から15年ほど前、『福澤諭吉 中津からの出発』(横松 宗著)に出会ったことからです。電力会社の情報システム部門において新しい別会社の設立準備をした後、引き続きその会社へ出向くこととなった私にとっては新たな「出発」でした。私が所属していた情報システム部門は社内で格別の「小藩」でしたが、そこから出向いた別会社から、もう戻ることはない気持ちでした。
その会社で、入社してくる社員になにがしかの教育をと、手にした本がご縁で、それ以降、福澤諭吉の著書に親しむことになりました愛誦 する福澤諭吉のことばを挙げるとすれば。「一身独立」です。『学問のすゝめ』における「一身独立して一国独立する事」、『文明論之概略』の「自国の独立を論ず」などを始めとして、福澤諭吉のキーワードはこの「独立」にあり、福澤諭吉の思想と行動は一貫してこのことばに基本がおかれているように思います。
「独立の気力なきものは、国を思うこと深切ならず。」「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人に怒る、人を恐るゝ者は必ず人に諛うものなり。・・・・」福澤諭吉の独立の精神は、彼の大阪適塾時代、「朱に交わっても朱に染まらない」行動にも表れ、また、古習の惑溺の一掃を訴えます。また、論語読みの論語知らず、行動責任を伴わない形而上学を好ます、実学を勧めます。
福澤諭吉没後100年を経た今、企業も社会も、あるいは、日本も世界も、真の自立と尊厳が求められています。「一身独立」が国内に限らず、広く世界に理解されたことば、思想だと、切に思って挙げた次第です。世界が新たな変化を迎えた今、福澤諭吉の思想と彼のことばの意味を想い起こしてみたいものです。
社団法人 福澤諭吉協会 「福澤手帳116号」から
|Posted 2006.8.5|