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「かしこまりました」という言葉

タクシーに乗ったとき、運転手さんに行き先を告げると、よく返ってくるのが「かしこまりました」という返事だ。以前なら「わかりました」だったり「承知しました」が多かったように思うのだが、車内で道順を伝えるたびに、そのつど「かしこまりました」と繰り返される。とても丁寧で、感じもよく、それはそれで悪いことはないのだが、言う側としては少し練習が必要だろうし、私などは舌を噛みそうになる言葉である。

おそらく接客マニュアルの基本になっているのだろう。美容院やデパートなどでも、この「かしこまりました」が最近やたらとつかわれるようになった気がする。一方で、同じレベルの丁寧さでも、めっきり使われなくなった言葉もある。

少し前に、銀座の某デパートからの帰り際、駐車場まで向かおと裏口か出る私を、たまたま歩いていた見知らぬ少年が、ドアーを開けたままで待っていてくれたことがあった。小学校の高学年ぐらいの少年ながら、なんと親切なのかと、私はとても嬉しくなって「どうもありがとう」と礼を言った。すると彼はニコッと可愛い笑顔になって、なんと「どういたしまして」と答えてくれたのである。

少年の口からでたのが、思いがけなく美しい日本語で、近年あまり聞かなくなっていた言葉だけに、彼の笑顔とともにいまも強烈に残っている。殺伐としたニュースが多いこのごろ、心が温かくなるようなこの「どういたしまして」も、接客マニュアルで使ってくれないかな・・・と、ひそかに願っている。(2019.09.04.日経・作家・寺田真音)

 |Posted 2019.9.10|