偽政者の自滅は歴史の教訓・慶応大学教授・磯田道史氏(産経2022.04記事を貼付)
聞き手⇒聞き手 産経・酒井充氏
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)収束を待つことなく、ロシアがウクライナを侵攻した。自由主義国家と権威主義国家の摩擦はますます深刻化し、現代社会に不可欠な「エネルギー」をめぐる秩序も大きく揺らいでいる。ごく短期間に大きく変容した世界の情勢に、歴史から読み取れる知恵はあるのか。歴史家で国際日本文化研究センター教授の磯田道史氏に聞いた。
2年前、新型コロナのパンデミックが始まった春に、3つの懸念を警告した。嫌だが当たった。第一、コロナは波状的に襲ってきて長く暴れる。第二、権威主義国家と自由主義国家の違いが大きくなる。第三、スペイン風邪後の国際政局が第二次大戦に向かったごとく、パンデミック後は外交・軍事が極端な方向に走りやすい。
事実、権威主義と自由主義の摩擦が深刻化した。その場所は「不安定の弧」と呼ばれる断層線だ。広い意味では北方領土・台湾海峡・カシミール、ロシア・ウクライナ国境で、この線を戦場にしてはならない。価値多様性の混在域にして紛争を予防する工夫が世界史上、われわれの課題だ。
170年前、識字率は地域差が大だった。教育史のカルロ・チポラによれば西欧・北欧で6~9割、ロシアは1割以下。1割では自由な市民社会は生じにくい。エリートが思想・経済を統制して発展を引っ張り権威主義のタテ型国家を成す。他国への侵攻コストは想定より大きい。国際社会を敵に回した単独行動ではなおさらだ。だがタテ型国家の指導者にはそれが見えにくい。豊臣秀吉も朝鮮が明への道案内をしてくれるとみて侵攻。死後、政権が自滅した。日本の識字率は150年前に4割前後だったが、大日本帝国も大陸に手を出す代償を甘く見た。
それでも、やってしまうのが歴史の教訓だ。独裁国の軍・情報機関では強制が日常で、自信過剰で誤った侵攻が決断される。批判の自由があるヨコ型国家では暴走が止められるが、タテ型国家では無理だ。批判は敵、拒否は裏切り者にされる。ロシアのキーウ占領と体制転換を狙った意図は挫折した。前近代の戦いは占領されなければ安全だったが、現代では逆だ。占領されなくても都市への無差別爆撃ができ、民間人の死傷が増える。それに強い懸念を覚える。
国の力は軍事、経済、知、人口という総合的な力でできている。軍事力だけ高めても目的の達成が難しいことはロシアを見ても分かる。大事なのは政権批判もできる国家の健全性だ。無理筋の侵攻が起きてしまうのは、人口の見積もり、経済・知性の尊重、言論の自由がないからで、秀吉もそうだった。それが失敗のもとになり得ることをかみしめたい。
|Posted 2022.4.19|