2022年ワールドカップ(カタール)が教えてくれたこと。
2022年5月80歳で世を去ったサッカー監督のイビッチャ・オシムさんは。1990年サッカー杯イアタリア大会でユーゴスラビア代表の監督を務めた。準々決勝でマラドーナを擁するアルゼンチン代表と死闘を繰り広げ、PK戦敗れる。「どうして120分の戦いについてではなく、PK戦ことばかり聞くんだ。オシムさんは試合後の会見でいらだっていたそうだ。実は、PK戦が決まると選手は次々とスパイクを脱ぎ始めた。蹴りたくない意思表示である。宗教や言語の異なる6つの共和国で構成された旧ユーゴは、解体、内戦の危機が迫っていた。
各国を代表していた選手にとって失敗は許されなかった。オシムさんは、選手の重圧を知りながらキッカーを指名しロッカールームで結果を知った。オシムさんにとって苦い経験である。日本の代表監督になってからもPK戦を一切見なった。W杯カタール大会で、日本代表は悲願のベスト8進出を果たせなかった。前回準優勝のクロアチアと互角に渡り合いながら、PK戦で涙をのんだ。旧ユーゴの共和国一つだったクロアチアには、かって多くの教え子がいた。W杯で日本の指揮をとるはずだった。オシムさんが観客席にいたら、やはりいたたままれずに、その場を去っていただろう。
オシムさんが言うように、語り継ぐべきは「素晴らしい120分間の戦い」である。日本が、ドイツ、スペインを破った快進撃もそうだ。森安 一監督は試合後、観客席に向かって深々と頭を下げた。サポーターはこれまで通り、ゴミを拾いあげていた。その振る舞いは世界中から称賛を浴びた。「日本サッカーを日本化する」「このサッカーはオシム語録にある目標」に一歩近づいたようにも思える。
2022年12月7日(産経抄より)
このHPHPの管理者・W杯を通して多くの言葉や教訓をえた。「景色を変える」「過去の自分を見直して、行動を変える時期がきたW杯」「暖かい言動と行動が世界から称賛を浴びる」などなど我々に多くの学びを教えてくれた。老若男女を問わずカタール杯は多くの学びを教えてくれた。日常の生活にも生かしたいことが多くあった。
|Posted 2022.12.7|