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牧野富太郎博士(産経抄2023.05.06から)

この連休中、NHK連続テレビ小説『らんまん』のモデルで日本植物分類学の父、牧野富太郎博士の名を冠した高知県立牧野植物園(高知市)を訪ねた。陽光の下、清々(すがすが)しい風に吹かれてそれぞれの名が記された草木を見て回ると、俗塵(ぞくじん)にまみれた心身が洗われる思いがした

▼園内の記念館では、牧野博士のこんな言葉が紹介されていた。「雑草とか雑木とか一口にいって片づけてしまう草や木にも、その一つ一つに名があり、物語が秘められています」。朝ドラの中でも、青年時代の博士が同様のセリフを語る場面があった

▼「雑草という草はない」との言葉は、昭和天皇が述べたことでも知られる。元毎日新聞記者の岩見隆夫さんの著書『陛下の御(ご)質問』によると、ご訪問先で案内役を務めた安倍晋太郎農相が「この先は雑草です」と説明したのに対し、昭和天皇が異議をはさまれたことで政界に広まったという

▼牧野博士は昭和23年、皇居で昭和天皇に植物学をご進講している。植物に深い関心があった昭和天皇はその8年後、牧野博士の病状が悪化した際には自宅にアイスクリームを届けられた。牧野植物園では、昭和天皇が贈られた皇居・吹上御苑のヤマザクラが青々と茂っていた

▼記念館は高知県出身の「信念の大政治家」として、浜口雄幸元首相の経歴も展示している。昭和5年に東京駅で暴徒の銃撃を受けたことや、現在も歴史的な現場付近には事件概要を記すプレートが埋め込まれていることも

▼昨年7月8日に凶弾に倒れた安倍晋三元首相の場合は、奈良市の暗殺現場一帯は車道として整備され、近くに名もなき小さな花壇が設置されたにすぎない。まるで、安倍氏が存在した歴史も名前も消し去ろうとするかのようである。

 |Posted 2023.5.9|