内臓脂肪蓄積の組織解明・肥満治療(横浜市立大2023.11.04産経~)
現代社会では、肥満症が世界的に拡大し、深刻な問題になっている。中でも、内臓脂肪型肥満はさまざまな疾病のリスクが高まるため、効果的な治療法の開発が急務だが、内臓脂肪蓄積のメカニズムが不明で、決定打は見つかっていない。そんな中、横浜市立大が最新の研究で、免疫細胞に含まれる特殊なタンパク質が内臓脂肪の蓄積を促進している仕組みを解明。この働きを抑制し、内臓脂肪型肥満を解消する画期的な治療法が実現しそうだ。
4人に1人が肥満になる
世界肥満連合(WOF)によると、世界では現在、約20億人が肥満あるいは過体重で、有効な対策がとられない場合、2035年までに4人に1人が肥満になるという。米コロラド大の調査では、健康的な体重の人に比べ、肥満者の死亡リスクは約2倍にはね上がっていた。危機感を抱く人も非常に多く、デンマークの製薬大手ノボノルディスクが2021年に発売した肥満治療薬「ウゴービ」は、需要に供給が追いつかないほどの世界的大ブームだ。
肥満の中でも特に、腹部の内臓を取り囲むように脂肪が過剰に蓄積する内臓脂肪型肥満は、高血圧、糖尿病、虚血性心疾患などのリスクがさらに高まり、生活習慣病とも密接な関係があることから、効果的な治療法の早期開発が求められている。
内臓脂肪が蓄積しないようにできれば一番いいのだが、蓄積のメカニズムが分かっていないため実現していなかった。そのため、肥満が軽度の場合は医師による食事指導、中程度以上の場合は食欲を抑制し満腹感も促進する薬の投与や、胃の一部を切除して消化できる量を減らす手術などが行われている。ただ、いずれも食物の摂取量を減らすことが主眼で、内臓脂肪の蓄積に直接働きかけるものではなかった。
ATRAPが肥満の元凶
横浜市立大の研究チームは、まず、マウスに高脂肪の餌を与えて肥満にさせ、体内で何が起きているかを観察した。早い段階で、免疫細胞の一種である白血球に含まれる特殊なタンパク質「ATRAP(エートラップ)」が、平常時に比べて約3割増加。また、8週間後には、マウス1匹当たり、平均約2グラムの内臓脂肪が増加していた。
チームは、ATRAPが内臓脂肪の蓄積に関与している可能性があるとみて、ゲノム(全遺伝情報)編集によって、免疫細胞のATRAPを生成する機能を失わせたマウスを作製。同様に、高脂肪の餌を与えたところ、1匹当たりの内臓脂肪量は、通常のマウスより40%少ない平均約1・2グラムにとどまり、肥満が大幅に抑制された。
さらに、内臓脂肪の組織を詳しく調べたところ、別の免疫細胞である「M2マクロファージ」の量が約半分に減少していた。マクロファージは、体内に侵入したウイルスなどの異物を食べて死滅させる役割を担うが、M2マクロファージはこれまでの研究で、脂肪組織を肥大させる働きもあることが分かっている。そのため、ATRAP欠損マウスで内臓脂肪の蓄積が抑制されたのは、M2マクロファージが減少したためとみられる。
10年以内に画期的治療薬
これらから、高脂肪食を取り続けると免疫細胞のATRAPが増加し、それがM2マクロファージを増やして脂肪組織を肥大させるという、内臓脂肪型肥満の進行メカニズムが判明した。実験や分析を担当した同大付属病院の塚本俊一郎医師は、「ATRAPを標的にすれば、内臓脂肪型肥満の画期的な治療法、予防法を実現できる可能性がある」と話す。
まず考えられるのは、ATRAPを作らないように遺伝子を操作した免疫細胞の移植や、ATRAPの働きを抑制する薬剤の投与などによる、これまでとは全く違ったタイプの内臓脂肪型肥満の治療法だ。
また、体内のATRAPの量を調べれば、内臓脂肪型肥満になりそうかどうかを判定するマーカーになり得る。肥満の初期段階から増加するため、量が多くなっていれば内臓脂肪を蓄積しやすい状態になったと判定でき、早いうちから対策を取ることができる。
涌井広道・同大准教授は「今後は人を対象とした臨床試験を行い、5年程度でマーカー、10年以内に治療法を、それぞれ実用化したい」と意気込む。
実は、ATRAPが関与しているのは内臓脂肪の蓄積だけではない。腎臓や心臓、脳などの細胞や組織で通常と異なる状態になると老化を促進することも、最近の研究で分かってきている。チームを統括する田村功一・同大主任教授は「ATRAPは、さまざまな疾病の治療に役立つ可能性がある。今後も多様な組織、細胞における役割や働きを解明していきたい」と話した。
|Posted 2023.11.4|